わかりやすさが正義とされる、世のなかで。

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「企画書は一枚にまとまっているのがよい」

 

「企画書には、文字数を少なめで文字をおおきく!」などに代表されるように。

 

 SNSを開くと、マーケティング用語に挟まれながら

 

 気がつけば シンプル=正義

 

っ的なコメントが、「ドヤ顔」で迫ってきます。

 

 

 

アートの抽象化と同じ文脈に思うかもしれませんが、間違えてはいけないのが、複雑性を通過して獲得した抽象技術と、ただのシンプルとは全く違うってこと。

 

 

万人にわかるってことも大事だけど。

 

 

なんだか最近は少し、学びの先に獲得できる楽しさや、美しさに目を向ける、って感覚が、すみっこに追いやられているような気がしています。

 

 

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さて、今年も、80日がすぎました。 (そして写真、イラストはあまり関係ございません)

 

 

最近のファッション業界も、わかりやすさメソッドが主流です。

 

 

 

SNSの普及で、ビジュアルコミュニケーションが発達した現代において瞬間的にアテンションをつかみ、伝えるために、わかりやすいコンセプト、目立ちやすい振り切り、 ユニークさ、目立つシルエット、ポップであること。

 

 

 

少し広い視点でみつめると、本質的には、社会の課題解決を、デザイン業界やテック業界が、その技術を使って世界をどんどん綺麗にしていく中で、ファッション業界はというと、無駄や遊びなどの、余白の部分を広げるという、カウンター作業をやっているわけなんですけどね。

 

 

 よくもわるくも、そこに向かわざるを得ない状況でもあったりもします。

 

  

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ボソっと、ため息を吐いておくと。

 

ファッションがイノベーションを起こせなくなって随分たちましたが、様々な文化とともに、最先端のポジションに立ち、社会の未来や、イノベーションを可視化して、社会に対して強烈な存在感を放っていたころのファッションはもう終わったのだなと、しみじみ思います。

 

 

(それが悪いこととか、ではなく)

 

 

イマジネーションを広げる役割から、商業進化を促進させてマス化したファッションの役割は、別のものにかわりつつあります。

 

 

感性の鋭い人はトレンドから離れたがっていますが、トレンドにこだわり続けて、わかりやすく伝えて経済を回すっていうのが、ファッションが今求められている役割かもしれません。

 

 

わかりやすいことを、わかりやすいタイミングで伝えるということ。 

 

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例えば

 

最先端のポジションでイノベーションを起こしているクリエイターからすると、プロジェクションマッピングって技術トレンド的にはもはやダサい。

 

 

でも、ユーザー目線で考えると、むしろ、これから、イベントや売り場でガンガンプロジェションマッピングやっちゃう方がわかりやすいよね、ウケるよね。

 

 

で、そこをわかりやすくファッションの感性で、つくっていくっていう感覚です。

 

 

これめちゃくちゃ大事。

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ちなみに 

 

細胞培養で生き物殺さずに革製品作れる時代になりつつあるんですが、ファッションでは、イマのタイミングでいろんなメゾンから、ファーは使用しませんって発表をバンバンだして、それがトレンドになっていて、ラグが発生したりもしています。 (テックリテラシーが低いゆえのねじれ)

 

 

一方、わかりやすさのファッションの中で、

 

 

僕はむしろ、色の濁りとか、レイヤーが幾重のもかさなった、境界をつくらない日本の美意識や、色選びに絶賛、心惹かれています。

 

 

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瞬間的、瞬発的なものではなく、学びの先に楽しみがあるもの。

 

 

入り口は広く、奥行きもある、そういった日本的感性から生まれる衣ってどんなだろ、とか最近考えます。

 

 

 わかるひとだけ、わかればいい、とも、何か違う。

 

 

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イマジネーションを広げる力を持っていた、かつてのファッションの流れで、オリエンタリズムとは違う東洋的であり、日本独自の感性が見え隠れする何か新しい系を生み出すことができれば、面白いなと思っています。

 

古い考え方なんだろなー。おっさん的なんだろなーw。 

 

 

シバノソウという方がいます。

 

 

東京出身のシンガーソングライターさんなんですが、今年高校卒業で、渋谷WWWでワンマンやっちゃうという。

 

 

理由は完全に自分のため。

 

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ガジェ通に掲載されてた( http://getnews.jp/archives/2025019 ) 、カルチャーにガツンとやられて、想像してた高校生活と違う歩みを始めた自分を報わせてやるために、渋谷WWWでワンマンやっちゃうという彼女のインタビューをよみながら、

 

その、全力で生きている姿にざわざわしました。

 

 

これは、登美丘高校の動画見ている時と同じで、若い人の応援の感動ではなくて。

 

 

どちらかというと、憧れにちかいなにか。

 

 

でやっと気づいたのは。 

 

ああ、これは

 

あのころなりそこねた自分だったってこと。

 

全力で生きてたつもりが、全力で生きれなかった自分。

 

 

そんな彼女たちの全力に当てられながら、

 

 

今すぐにでも動き出したい衝動と、

 

息子の笑顔を思い出しながら今すぐ動き出せない幸せを噛み締める自分を

  

客観的に眺め、その複雑な感情を楽しみながら、向かう明日も悪くない。

 

 

 

簡単に言葉にはできないけど、両面が同時に存在する感情とか、空気感とか。

 

 なんかね。

  

瞬間的に買ってもらうための服ではなく。

 

 

 

行間を読むように、言葉にできない感情をぶわーって、喚び起させるような衣をいつか作れたらよいなーっなんて思います。

 

 

 

以上、ファッションとシバノソウと日本の美意識という、文脈の違うものを並列でおいて、自分のフィルターに溶かして処理してみるっていう、AIに抗うブログの書き方に挑戦してみました。 

 

 

 

 そんなこんなで今週末はこちら

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観光地としても近年注目を集める谷根千エリアのいっかく台東区は谷中にある、三軒長屋の複合施設「谷中長屋」に生まれたギャラリー&セレクトストア「haco(sow)」にて、糸島で活動される陶芸家「高須健太郎」と、木工家「酒井 航」両氏による展示を行います。

谷中は現代美術ギャラリーや「東京藝術大学」など文化施設がちらばり、文化芸術に出会える町。二人展では陶器と木工の対比をとおしてそれぞれの技術的な知識を深め、上質な新デザインに出会える場を創出します。

陶芸と木工。

二人の作家が作り上げてきた、それぞれの文化に是非触れてみてください。
どなたでも入場可能です。ご来訪お待ちいたしております

 

 

企画展 : 二人展

会期: 3月24日(土)-4月1日(日) 

場所: haco(sow)  〒110-0001東京都台東区谷中6-1-27

INFO : https://www.facebook.com/selfceative/

 

 

酒井 航  木工職人、DOUBLE=DOUBLE FURNITUREオーナー

福岡県出身。岐阜県飛騨高山で木工の基礎を学んだ後に、長野県小諸で木工作家、谷進一郎氏に師事。独立後の2011年、福岡県糸島市にDOUBLE=DOUBLE FURNITUREをオープン。デザイン性に富んだ家具やカトラリー、器などを展開し、注目を集める。

http://dd-furniture.jp

 

高須健太郎  陶芸家

福岡県出身。陶芸家の母の影響で、幼い頃から土と触れ合う。福岡大学卒業後、愛知県瀬戸の訓練校に通い、技術を学ぶ。2004年に工房『醇窯』を作り、試行錯誤を経て2008年に窯開き。その作品は東京のセレクトショップにも並び、全国に多くのファンをもつ。

http://www.junyo-itoshima.com/

 

 

どうぞよろしくお願いいたします!

 

今日も最後まで、お付き合いいただき、ありがとうございました。

 

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